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ただ読みダイアリー(17) 

矢作俊彦 「ららら科學の子」読了。


ららら科學の子

忙しいのですが、これだけ書いて仕事にかかります。

70年代初頭に吹き荒れた学生運動の中で、図らずも警察に追われる身となった青年が、文化大革命真っ只中の中国に渡り、辺境の山村に下放、土地と妻を得るも、30年を経て蛇頭の船で帰国する…。

「壮大な零」という言葉も投げかけられるあの70年安保闘争、全共闘運動。その只中にあって、帰属する場を持てず、国を捨てた「彼」。「なんとなく」渡った中国でも、結局「よそ者」でしかなく、帰ってきた「国」でも、もはや「彼」の居場所はどこにもありません。30年を経てこの「国」はあの時代をどう乗り越えたのか、結局「彼」には何も見えてきません。ただひとり、心が通う相手だった妹も、もはや別の世界の住人となっています。「彼」は居場所を求め、自分を求めて、東京を歩き回ります。

思うに、実は「彼」は、捨てる以前に、何も持っていなかった、守るべきものも持たずに、「なんとなく」戦っていたのではないか、そんな気がします。あのころ、運動に身を投じた若者の多くは、そうだったのではないでしょうか。逆にそれゆえにあれだけのエネルギーを集結しえたのでしょう。しかし「彼」のように、30年の空白をへて振り返ってみれば、そこには何もなく、「ただ風が吹いているだけ」だったということです。

読みながらこの歌が、つい口をついて出ました。

人は誰もただ一人旅に出て
人は誰もふるさとを振りかえる
ちょっぴり淋しくて振りかえっても
そこにはただ風が吹いているだけ
人は誰も人生につまずいて
人は誰も夢破れ振りかえる   (北山修 「風」)

「戦う相手や戦い方が間違っていたのではない。戦う理由が間違っていたのだ」という彼の言葉が全てを物語っているようです。

喪失感と寂寥感に満ちた静かな冒険譚。なかなかいい本でした。

2004年三島由紀夫賞受賞。

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