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ただ読みダイアリー(69)

天童荒太 「永遠の仔」、読了。


永遠の仔上永遠の仔下



これも今更ながらの一冊(二冊・・・)です。

大ベストセラーとなり、ドラマ化までされたので、どちらかでご存知の方も多いのでしょうね。

か~んなり前から読まなければ…と思っていたのですが、生来のトロツキスト気質から、他人が忘れた頃でないと手が出せないというのと、先に読んだ「家族狩り」単行本バージョンがtoo muchだったので、なかなか手が出ずに今まできました。

今回手を付けることになったのは、「鉄道員」に続く緊急避難的ブックオフ100円読みからです。
状態のいいのが上下巻とも100円で出ていたのですが、ひとまず上巻だけを買ったところ、読み終えた頃には下巻は100円コーナーからは姿を消していました。なので、下巻は図書館からの本来的ただ読みとなりました。

前置きが長くなりましたが、中身です。確かに凄い作品だと思います。これだけの重いテーマを、この長さ、2385枚ハードカバー二段組二冊にわたって、5年の歳月をかけて描き切る、そして読ませ切るというのは、よほどの「書く意志」がないとできないことでしょう。そのあたりのことはこの「ほぼ日」のインタビューで語られていますので、長いですが、ご参照下さい。

萬月先生が常々おっしゃっています。「小説家は書きたいことがあるかどうか」だと。この作品からは「書きたい、書かなければ」という衝動は十二分に伝わってきました。そしてそれを全うしている作品だと思います。それだけで十分だとも言えるのでしょう。

しかし私にとって問題は、それが私の「読みたい」衝動とシンクロするか、です。

少なくとも私はこの作品を、読んでよかったなとは思えませんでした。それは作品の価値とは全く別次元の問題です。どうしても自分とは無縁な世界だとしか思えないのです。自己投影、感情移入ができる対象がつかめないのです。

確かに、主人公たちが一生背負っていくことになる傷というものが、これほどに深いものだということに、強い同情の念を抱きます。その傷を負わせた大人たち、そしてそんな大人を生み出す社会に、強い非難、嫌悪感も感じます。しかし、逆に、それが強いだけに、じゃあ、どうすればいいのか・・・と思ってしまうのです。現にこういうことがあるということはもちろん、知っています。こういう人がいることも、もちろん知っています。そのやるせなさは、頭では理解できるつもりです。しかし、どうしてもそこにリアリティが感じられないのです。十分悲劇的なはずなのに、この作品では涙が出ないのです。

例えば馳星周の描くやるせない世界には、自己投影が可能です。こんなだめな奴が自分である可能性を感じることができるからです。萬月先生の描く絶望的な状況にも自己投影ができます。そんな自暴自棄的な、暴力的な衝動が、自分の中にもあるからです。しかし、この作品の絶望感は、自分の中にはないのです。今ふうにひと言で言ってしまえば、「ありえへん・・・」というのでしょうか。

結局、この作品の世界と、今の自分がどうリンクするのか、どうリンクさせればいいのか・・・と、困り果ててしまうのです。簡単に、抽象的に、「無関係ではない」と言ってしまえないものがあるのです。

これだけ強い違和感を抱かせるというのが、この作品の凄いところなのかもしれません。

書けば書くほど自己疎外を感じるので、このへんにしておきます。

「家族狩り」も、文庫版を読み直さなければならないのでしょうね。これもこれで気詰まりなことですが、いずれ果たさねばならない課題です。

| ただ読みダイアリー | 07:41 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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